読みやすさは、誠実さの一部だと思う

読みやすさやは、誠実さの一部だと思う。 未分類

先日、県議会議員さんの活動報告が自宅のポストに入っていました。

見た瞬間の印象は、「文字がびっしりだな…」。
写真も載っていたのですが、正直、時系列も少しわかりづらい。

中身を読むと、やっていらっしゃる活動は県民のためのもので、私自身も気になっていた部分を明確にしてくださっていて、いち市民、いち県民としてありがたく感じました。

でも、だからこそもったいないと感じました。
「読まれるデザイン」を意識した方が、もっと伝わるはず!

読まれることが「伝わること」

私はデザイナーではありません。
けれど、文章やマーケティングの仕事をしている立場から見ると、「文字がぎっしり詰まった印刷物(しかもポスティングで届くフライヤー形式)」を進んで読みたいと思う人は、あまり多くないと思います。もっと言えば、文章の中でも余白を意識して書くのがプロではないかとすら思っています。

この通信には、県や市の広報では書かれないような、県民目線の「リアルな問題点」が書かれていました。それだけに、もっと県民が目を通しやすい形にできたらとても価値のある発信になるのではないかと感じたのです。(本当にもったいない。。。)

「誠実さ」は内容だけじゃない

もちろん、文字を詰め込むことで「誠実さ」や「真面目さ」を表現したいという意図もあるのかもしれません。
でも、それも伝わってこそ意味があるんですよね。

「この人、ちゃんと活動してるんだな」
だけではなく、
「このテーマ、私たちの暮らしに関係あるかも」
そう感じてもらえることが、まず第一歩なのではないでしょうか。

「伝わる形」は、思いやりの形

どんなに良い活動をしていても、どんなに正しいことを伝えていても、読まれなければ伝わらない。
そして、伝わらなければ信頼にもつながらない。

政治の世界でも、民間の世界でも、「誠実さ」は内容だけでなく、伝え方でも表現されると感じます。

読みやすさは、軽さではなく「相手への思いやり」だと思うのは私だけでしょうか。
「どうすれば届くか」を考えることそのものが、読み手との信頼を育てるコミュニケーションの第一歩です。

一枚の紙がくれた気づき

ポストに入っていた一枚の紙から、「伝えるってなんだろう?」と改めて考えさせられました。
もしかしたら、こういう気づきを生むことこそ、政治の持つ大切な役割の一つなのかもしれません。

私は政治家ではありません。
でも、県民として、そして“伝える”を仕事にしている人間として、
「伝わらないことのもったいなさ」を見過ごせません。

真面目な活動ほど、ちゃんと伝わる形にしてほしい。
それが、よりよい社会づくりのはじまりになると思います。

あとがき

私は政治家ではありませんので、詳しいことはわかりません。
でも、県民として、そして「伝える」を仕事にしている人間として、「伝わらないことのもったいなさ」を見過ごせませんでした。

真面目な活動ほど、ちゃんと伝わる形にしてほしい。
それが、よりよい社会づくりのはじまりになると思います。

「自分だったら、どうつくるか?」
内容は全く同じで、canvaをつかって作り直してみましたが、やっぱり見やすい方がいいな!と思った次第です。

読みやすさは、愛ですね。

タイトルとURLをコピーしました